累計100人と出会った私が犯した、一番大きな間違い|「打率」に取り憑かれた夜の話

累計100人で犯した最大の間違い

こんにちは。このサイトを運営している、リョウと申します。

元IT企業の営業マンで、今はWebディレクターをしながら、恋愛の相談を受けています。

普段このサイトでは、アプリの選び方やプロフィールの作り方を、データとロジックで淡々と解説しています。打率がどうの、母数がどうのと、まるで仕事の数字を語るように。

実際、累計100人以上と出会ってきた経験は、そのまま技術論として書けます。でも、今日はその「技術」の話をするつもりはありません。

今日書くのは、私が一番恥ずかしい、一番大きな間違いの話です。成功談ではなく、失敗談。

それも、テクニックのミスではなく、もっと根っこの、人としての姿勢を間違えていた時期の告白です。私のモットーである「誠実な不誠実」という言葉は、格好つけて最初から掲げていたものではありません。

手痛い失敗を経て、ようやくたどり着いた結論です。

なぜこれを書くのか。同じ遠回りをしてほしくないからです。

技術を磨く前に、ここでつまずくと、数字は良くても何も残らない。私がそうでした。

少し長くなりますが、ある夜の話から始めさせてください。

告白|私はかつて、相手を「案件」として数字で見ていた

正直に書きます。20代後半、アプリにのめり込んでいた一時期の私は、相手の女性を「案件」のように見ていました。

きっかけは、たぶん仕事です。当時の私はIT企業の営業マンで、頭の中は常に数字でいっぱいでした。

月の受注件数、商談化率、契約までのリードタイム。数字を上げることが正義で、数字を上げる人間が評価される世界に、どっぷり浸かっていました。

その思考回路を、私はそのままアプリに持ち込んだのです。

私が当時、最重要のKPIに据えていたのが「打率」でした。具体的には、会った相手のうち、何割と関係を持てたか。

ホテルへの打診が成功した割合です。この数字を上げることに、私は完全に取り憑かれていました。

恐ろしいのは、これがゲームとして成立してしまったことです。プロフィールのA/Bテストをして、反応の良い写真を選ぶ。

メッセージのテンプレートを改良して、アポ率を計測する。会話の運び方を型化して、打診のタイミングを最適化する。

営業で身につけたPDCAを回せば回すほど、打率は面白いように上がっていきました。

数字が上がると、人は麻痺します。私は気づかないうちに、目の前にいる一人の女性を見なくなっていました。

見ていたのは「この案件は確度が高いか低いか」「今日の打診は決まるか決まらないか」。相手の表情や言葉の機微より、自分の打率がどう動くかのほうに、意識が向いていたのです。

メモアプリに、当時の記録がまだ残っています。会った相手ごとに、どのプロフィールで反応が来て、何通目でアポになり、打診が通ったか通らなかったか。

営業日報のノリで残していたものです。今読み返すと吐き気がします。

そこに並んでいるのは、相手がどんな人で、どんな話をして、どんな表情をしていたか——ではなく、「成功」「失敗」の二文字と、それを左右した自分の動きの分析ばかりでした。相手は、データを生み出す装置として記録されていたのです。

今思えば、最悪です。相手は商品でもなければ、契約書にハンコを押す取引先でもない。

同じように寂しさや欲求を抱えた、一人の人間です。それなのに私は、相手をパイプラインの上を流れる「案件」として処理していました。

効率的で、合理的で、そして——決定的に何かが欠けていた。その欠けていたものに気づかされたのが、これから話す、ある夜のことでした。

「モノ扱い」と言われた夜

あの夜の失敗|「モノとして扱われてる」と言われた体験

その人のことは、今でもよく覚えています。何度か会っていた、物静かで、こちらの話をいつも丁寧に聞いてくれる女性でした。

打率という意味では、私はその時点で完全に「成功」していました。会えば関係を持てる。

アポもスムーズで、私の組み立てたパターンが、面白いほどきれいにハマっていた相手です。だから私はその日も、いつものように自分の型に沿って事を運ぼうとしていました。

どの店に入り、どの話題で場を温め、どのタイミングで切り出すか。会話も、流れも、すべて「いつもの段取り」の上をなぞっていただけでした。

その夜、彼女は途中でふと黙りました。グラスを置く小さな音が、やけに大きく聞こえたのを覚えています。

そして彼女は、責めるでもなく、声を荒げるでもなく、ただ静かにこう言ったのです。「あなたといると、なんだろう……モノとして扱われてる気がする」と。

殴られたほうが、まだ楽だったと思います。怒鳴られたなら、こちらにも言い訳の余地があった。

でも彼女の声は、最後まで静かでした。怒りというより、諦めに近い響きでした。

私はその場で、何ひとつ言い返せませんでした。図星だったからです。

私はその夜の彼女を、「今日の打率を構成する一件」としてしか見ていなかった。見抜かれて、当然でした。

その夜を境に、私は自分の「成績表」を、初めて打率以外の角度から眺めてみました。すると、ぞっとする事実が浮かび上がってきたのです。

打率は、確かに良かった。でも、リピート(また会いたいと言ってもらえること)も、紹介(友達を紹介してもらえること)も、ほぼゼロだった。 一件ごとに見れば成功だったはずの私の関係は、束ねて眺めると、すべてが「使い捨て」になっていたのです。

一度きりで終わる。連絡が、どちらからともなく自然に途切れる。

相手から「次もあなたと」と望まれたことが、ほとんどない。当時の私はそれを「割り切りなんだから当然だ」と思い込んでいました。

でも、違ったのです。割り切りだから途切れたのではない。

私が相手をモノとして扱っていたから、誰も二度目を望まなかった。ただ、それだけのことでした。

打率は良くても、リピートも紹介もほぼゼロ。束ねて眺めると、すべてが「使い捨て」でした。相手をモノとして扱えば、誰も二度目を望まない——ただそれだけのことです。

合意の上での関係であっても、向き合い方が雑なら、相手はちゃんと見抜きます。「この人は、私を人として見ていない」と。

あの夜の静かな一言は、私が誇っていた打率という安っぽい勲章の、裏側を一枚めくって見せてくれました。技術は、確かにあった。

でも、いちばん肝心なものが、すっぽり抜け落ちていたのです。

営業時代の答え合わせ|短期の受注だけ追う奴は、結局負ける

なぜ自分がこんな間違いを犯したのか。私は仕事に引きつけて、徹底的に自己分析しました。

そして、答えはまさに営業の世界にあったのです。

営業をやっていると、必ず一定数いるタイプの人間がいます。「今月の受注件数」だけを追いかける営業マンです。

とにかく契約を取る。多少強引でも、相手の本当のニーズを無視してでも、数字を積む。

短期で見れば、こういう人は華々しく見えます。月間トップを取ったりもする。

でも、私は何人も見てきました。そういう営業が、半年後、一年後にどうなるかを。

解約が相次ぎ、クレームが積み上がり、結局トータルでは数字を大きく落としていく。 強引に取った契約は続かないし、雑に扱われた顧客は二度と戻ってこない。それどころか、悪い評判を広めます。

短期の受注数という見かけの勝利の裏で、彼らは未来の売上を食いつぶしていたのです。

対照的に、本当に強い営業は、別の数字を見ています。LTV——顧客生涯価値です。

一人の顧客が、長い付き合いの中でトータルでどれだけの価値をもたらすか。目先の一件ではなく、継続・追加・紹介まで含めた、関係そのものの価値を見る。

だから彼らは契約後のフォローを大事にするし、無理な売り込みをしない。結果として、解約は少なく、紹介は増え、数字は安定して伸びていきます。

私が尊敬していた先輩営業が、よくこんなことを言っていました。「契約はゴールじゃない、スタートラインだ」と。

当時の私は、頭では理解していました。受注して終わりではなく、そこから関係が始まる。

だからこそ、最初の向き合い方が肝心なのだ、と。研修でも、後輩への指導でも、私は当たり前のようにそう語っていたのです。

それなのに、アプリの中の私だけが、なぜか正反対のことをやっていた。仕事のスーツを脱いだ瞬間に、自分が一番大事だと言っていた原則を、きれいさっぱり忘れていたわけです。

ここまで書けば、もうお分かりだと思います。アプリでの私は、まさに「短期の受注数だけ追う三流営業」そのものだったのです。

打率という単月のKPIに酔いしれて、LTVを完全に見落としていた。一件ごとの打診成功にガッツポーズして、その先の継続も、紹介も、満足度も、何ひとつ見ていなかった。

仕事ではあれほど「LTVが大事だ」と語っていたのに、プライベートでは真逆のことをやっていた。この矛盾に気づいたとき、私は心底情けなくなりました。

でも同時に、道筋も見えました。仕事で正解を知っているなら、それをこっちに持ち込めばいい。

私の立て直しは、ここから始まりました。

アプリでの私は、短期の受注数だけ追う三流営業そのものでした。打率という単月KPIに酔い、LTV(顧客生涯価値)——継続も紹介も満足度も、何ひとつ見ていなかったのです。

打率至上だった過去と今

転換|「打率」を捨てたら結果が上がった、私の体験談

立て直しの方針は、シンプルでした。KPIを入れ替える。 これだけです。

ただ、「KPIを入れ替える」と頭で唱えても、現場では何も変わりません。だから私は、最初の一歩を一つだけ、具体的な禁止事項として自分に課しました。

次のデートから、「今日ゴールを決める」を封印する。 これだけです。会う前に成否のシナリオを組まない。

打診のタイミングを逆算しない。今日この場で何かを決めようとする思考そのものを、いったん手放す。

たったこれだけのことが、当時の私には恐ろしく難しかった。でも、この一つを止めただけで、目の前の相手がようやく「案件」から「人」に戻ってきたのです。

それまで私が見ていた最重要指標は「打率」でした。これを、私はばっさり捨てました。

代わりに中心に据えたのが、たった一つの問いです。「この人は、次もまた、私と会いたいと思ってくれるだろうか」。

営業でいうLTV、つまり関係の継続価値を、判断の真ん中に置いたのです。

具体的に何が変わったか。まず、目の前の相手をちゃんと見るようになりました。

今日決めることより、相手が心地よく過ごせているかを優先する。会話も、自分の段取りを進めるためではなく、相手を知るために使う。

打診のタイミングも、「決まるか」ではなく「相手が無理をしていないか」で測るようになりました。一件の成否で一喜一憂するのをやめたら、不思議と相手の表情がよく見えるようになったのです。

正直に言うと、最初は怖かった。打率という分かりやすい数字を手放すのは、営業マンとして拠り所を失うようなものでしたから。

短期の「成功」は、おそらく少し減ったと思います。

ところが、です。半年、一年というスパンで見たとき、皮肉なことが起きました。

トータルの結果が、明らかに上がったのです。

何が変わったかを、当時の感覚で整理するとこうなります。

  • 継続率:一度きりで終わらず、「またあなたと会いたい」と言ってもらえる関係が増えた。
  • 満足度:相手から「あなたといると楽」「気を使わなくていい」と言われるようになった。
  • 結果的なモテ:これがいちばん意外でした。ガツガツ打率を追っていた頃より、肩の力を抜いて相手を尊重するようになってからのほうが、明らかにモテたのです。

理由は、営業のLTVとまったく同じ構造でした。相手を大事に扱えば、関係は続く。

続けば、信頼が積み上がる。信頼が積み上がれば、向こうから求めてくれる。

一件ごとの打診に必死だった頃には決して手に入らなかった、安定した良い関係が、打率を捨てた途端に向こうから歩いてきた。追うのをやめた頃から、向こうが残ってくれるようになったのです。

なぜこんなことが起きるのか。私なりの分析はこうです。

打率を追っていた頃の私からは、相手に「焦り」と「自分本位さ」がにじみ出ていたのだと思います。人は、自分が手段として扱われているかどうかを、言葉にできなくても敏感に感じ取ります。

あの夜の女性がそうだったように。逆に、こちらが本当に相手を一人の人間として見ているとき、その安心感もまた、ちゃんと伝わる。

緊張せずにいられる相手、気を使わなくていい相手だと感じてもらえれば、「また会いたい」は自然に生まれます。技術で作るものではなく、姿勢から滲み出るものだったのです。

私が散々こだわってきたテンプレートやトークスクリプトより、この「姿勢」一つのほうが、よほど打率ならぬ継続率を動かしました。

教訓を1枚に|「打率至上のころ」と「今」の私

この遠回りで学んだことを、私は一枚の表に整理しています。あなたが同じ穴に落ちないための、いちばんの近道だと思うからです。

「打率至上だったころの私」と「今の私」。何がどう違ったのかを、並べてみます。

観点 打率至上だったころ
最重要のKPI 打率(一回ごとの打診成功率) 継続意思(次もまた会いたいと思われるか)
相手の見方 案件・パイプライン上の一件 同じ欲求と寂しさを持つ一人の人間
会話の目的 自分の段取りを進めるため 相手を知り、心地よくいてもらうため
成否の基準 今日決まったかどうか 相手が無理をしていないか
得られたもの 単発の成功・空っぽの勲章 継続・紹介・信頼・結果的なモテ
失ったもの リピート・紹介・自分への誇り 単月の見かけの打率(だけ)

この表を、私はよく自分への戒めとして見返します。失ったのは、単月の見かけの打率だけでした。

それと引き換えに、継続も、紹介も、信頼も、そして自分自身への誇りまで取り戻せたのです。

ただ、表を眺めて「なるほど」で終わってしまっては、私の遠回りをなぞるだけです。大事なのは、自分を表の左から右へ実際に動かすこと。

そのために、今日からできる操作を3つに絞りました。

  • 会った直後に、”相手の満足度”を1〜5で自己採点する。 自分が決められたか/打診が通ったかではなく、「相手は今日、心地よかったか」を点数で残す。打率という古いKPIの上書きを、まず記録の習慣から始めます。
  • 2回目に誘うかどうかを、”自分が会いたいか”でなく”相手がまた会いたいと思っているか”を起点に判断する。 主語をひっくり返すだけで、連絡の文面も、間の取り方も自然に変わります。
  • 週に一度、リピート率(=再び会えた割合)を見る。 一件ごとの成否で一喜一憂するのをやめ、判断の単位を「その日」から「その週の継続」に上げる。LTVを見る目を、ここで養います。

3つを一度に背負い込まなくて大丈夫です。まず手をつけるなら①。

次に会う相手で「相手は今日、心地よかったか」を1〜5で採点してみるだけでいい。それだけで目の前の相手の見え方が変わり、②も③も自然と回り始めます。

左から右へ動くための3操作=①会った直後に相手の満足度を1〜5で自己採点 ②「相手がまた会いたいか」を起点に判断 ③週に一度リピート率を見る。一度に背負わず、まずは①から。

もう一つ大事なのは、左と右は「優しさ vs 効率」の対立ではない、ということです。右のほうが、長い目で見れば圧倒的に効率的で、結果も出る。

私は「相手を大事にしましょう」という道徳の話をしているのではありません。相手を一人の人間として扱うほうが、数字としても合理的に勝てるという、極めて実利的な話をしています。

営業のLTVがそうであるように。

もしあなたが今、打率らしき数字を追って消耗しているなら、この表の左側に立っていないか、一度だけ点検してみてください。直近で会った相手を思い浮かべて、「その人がまた自分に会いたいと思っているか」を、自信を持って答えられるかどうか。

即答できないなら、あなたはまだ、その人を一人の人間として見きれていないのかもしれません。私がそうだったように。

たどり着いた原点|あの夜の一言が、私に言葉をくれた

長い遠回りの末に、私がようやくたどり着いた結論。それが、このサイトの根っこに据えている「誠実な不誠実」という言葉です。

ただし、ここでその言葉の意味を定義し直すつもりはありません。中身そのものは別の記事に正面から書いたので、そちらに譲ります。

今日この場で書き残しておきたいのは、その言葉が「どこで生まれたか」——私自身の、たった一つの原体験のほうです。

この言葉は、机の上で腕を組んでひねり出したものではありませんでした。「モノとして扱われてる気がする」。

あの夜、静かに告げられたあの一言が、私の中で何かを音もなく壊し、そして同時に、新しい言葉の種を一粒、置いていったのです。すぐに芽が出たわけではありません。

けれど、その種は確かに胸の奥に残り続けました。

それまでの私は、「割り切った関係なんだから、向き合い方が雑でも構わない」と、心のどこかで思い込んでいました。形が割り切りであることを、相手を雑に扱っていい免罪符にしていたのです。

その都合のいい言い訳を、彼女のたった一言が、真正面から砕いてくれました。形は割り切りでも、向き合い方まで雑でいい理由など、どこにもない——頭で理解したのではなく、胸の奥でずしりと思い知らされた瞬間でした。

「誠実な不誠実」は、その夜の痛みから生まれた言葉です。だから私にとっては、格好をつけたキャッチコピーではなく、いまも少し疼く生傷の名前のようなものなのです。

打率という安っぽい勲章を粉々に砕いてくれた、あの静かな一言には、今ではむしろ感謝しています。あの夜がなければ、私はきっと今も、あの対比表の左側に立ったままだったはずです。

なお、「誠実な不誠実」という言葉そのものが何を指すのか——その意味の詳しい中身は、別の記事で正面から書いています。この記事はあくまで、その言葉が生まれた「私の原点」の記録だと思って、読んでいただければと思います。

たどり着いた原点

あなたへ|同じ遠回りを、しないでほしい

最後に、あなたに伝えたいことを、まっすぐ書いて終わります。

テクニックの記事は、このサイトにたくさん用意しています。プロフィールの作り方も、メッセージの運び方も、土俵の選び方も、私が遠回りして手に入れたものを、できるだけ出し惜しみなく書いています。

それらは、間違いなくあなたの役に立つはずです。

でも、それらの技術を使う前に、今日のこの話だけは覚えておいてほしいのです。相手をモノとして見た瞬間に、その関係はもう負けている。 どれだけ打率が上がっても、リピートも紹介も信頼も残らない、空っぽの勝利しか手に入りません。

私はそれを、一番痛い形で学びました。

そして、これは精神論ではありません。相手を一人の人間として尊重するほうが、長い目で見て結果が出る。

継続も、満足度も、結果的なモテも、全部ついてくる。営業のLTVと同じで、誠実さは「正しいから」ではなく「勝てるから」選ぶべき戦略なのです。

私が累計100人と出会って犯した一番大きな間違いは、技術の不足ではなく、向き合い方の欠落でした。あなたには、私と同じ遠回りをしてほしくない。

今日の話を胸の片隅に置いてスタートできれば、私が何年もかけてたどり着いた場所に、あなたはもっと早く立てるはずです。

あの言葉の意味そのものは別の記事に譲ります——原点をここで知ったうえで読みに行けば、私の遠回りも、きっと役に立つはずです。

土俵の選び方から始めたい方は、看板記事から読んでみてください。あなたの一歩を、ここから一緒に設計していきましょう。

この原体験を含む、私の考え方や失敗談の読み物は、リョウの恋愛理論と実録コラムまとめにまとめています。